神様の地球侵略



   4

 からんからん、という鈴の音を聞きながら、シャルテはいつもの喫茶店に入る。
「あ、いらっしゃい!」
 店員、相羽が笑顔で迎え、シャルテも珍しく口元を緩める。
「こんにちは」
 あの日から、シャルテは相羽と懇意になっていた。
 店に来ても相羽と話す時間ができ、むしろテレビを見るという目的は建前になりつつあった。
「ご注文は」
 他の客より親しげに、相羽が注文を問う。
 いつものように、それを少し嬉しく思いながら、
「アイス」
 と、静かに告げる。
「かしこまりましたー!」
 去っていく相羽。その背中を目で追いながら。
 ああ、もう彼とも話せないのか。
 当たり前の事を思った。
 相羽どころではない、この星が消えるのだから。
 今日で最後にしよう。
 別れ際に『さよなら』とでも言えば、気持ちの整理もつくかもしれない。
 ――あなた自身が、相羽を殺すのに?
 胸がざわめく。
 そう、リセットするのは他でもない、自分自身だ。
「おまちどおさま――…どうしました?由香さん」
 由香さん、とは、シャルテが相羽に教えた偽りの名だ。
「どうしたって?何が」
「だって…涙、出てますよ」
 急いで拭いた。それ以外の事は考えたくなかった。
「なんでもないわ」
「…そうですか。ところで由香さん、今週の土曜日、時間ないスか?」
「…?どうして?」
「いやあ、実は――」
 照れくさそうに彼は、シャルテをデートに誘った。
 呆然としながらシャルテは、『民間人とのコンタクトが危険』という、危険という意味の真意を知った気がした。
「ごめん…それ、行けない」
 目に見えて、相羽はがっかりした顔をする。
「あちゃあ…そうスか。まあ、しょうがないか」
 言いながら相羽は、何かのチケットを二枚、びりびりと破いた。
「〜〜〜〜〜っ!」
 シャルテは今までになかったくらい、むちゃくちゃに泣きながら店を抜け出した。
 さよならを言う余裕など、この心のどこにも無かった。


 リセットボタンを押しながら、シャルテは思う。
 感情移入は、モノを創るのには毒にしかならない。
 マニュアルは、越えてはいけない境界線。
 リセットボタンは、理性の証。
 そして、自分はただの、落ちこぼれ。
 ひとつの歴史の終わりをモニターに映しながら、シャルテは相羽との、いつかの会話を思い返していた。

「そういえば今年って、この星が滅びるかもしれないんスよね」
「何それ?どうして分かるの?」
「あれ、知らない?有名な人が予言したんですよ。それがちょうど今年」
「…ふーん。うさんくさい」
「ハハ、誰も信じてないと思うけどね」
「…ね。もし滅ぼそうとしてるのが、この星を創った神様本人だったらどうする?」
「そんな神様はいないと思うけど…抵抗はするだろうな」
「どうして?たぶん無駄だよ」
「いやー、でも死にたくないし」
「他の星に移民するとかは?」
「んー、そんな宇宙船、俺みたいな一般市民は乗せてくれないと思うよ。それに、変わりになる星なんかないと思うよ」
「そんな事ないわ。宇宙は無限だから、もっといい環境の星が見つかるかもしれない」
「いや…、たぶん、それでも僕らはこの星で生きていくべきなんだと思うよ。新品のシャーペンより、使い古したシャーペンの方が使いやすいのと同じさ。性能の高い低いではなくて、僕らはこの星に一蓮托生なんだよ」
「なんで?判らない」
「ううん…やっぱ、『       』星だから、かな。使い捨てるようなものじゃ、ないんだよ」
「…ちょっと待って。今、なんて言った?」
「え?やっぱ、『       』星だから。使い捨てじゃないって」
 それは、翻訳機が翻訳してくれなかった語彙。
 私の使う、宇宙共通語には存在しない、語彙。
 私は翻訳機を耳から外し、
「もう一度」
 と、言った。
 彼はごくあたりまえに、言った。
「かけがえのない」
 ――なんて、愚かな。
 宇宙は無限で、時間も無限。
 同じ事が何度も繰り返されては、また消えていく。
 私は、分かっていたはずなのに。


「シャルテ」
「あ。テューユ」
「実は私の星、出展することになって。作品名…迷ってるんだけど」
「その星の人たちが呼んでた名前にすれば?」
「んー、ちょっとセンスの悪い名前だから。ね、前にシャルテが創ってた星の人たちは、自分の星をなんて呼んでたの?」
「…チキュウ。享年、1999年」
「…ごめんね…」
「冗談よ。好きに使えば」
「うん。ありがとう。作品名、チキュウにするね」
「ん…それじゃ」
「あ…うん。それじゃ」
 別にめげたわけじゃない。
 まだ私には意欲がある。
 今日も私は、星を創り続ける。
 今度こそ、かけがえのない星を。


 END



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