神様の地球侵略


   1

「シャルテ。残念ながら、君の創った世界は落第点だ」
 銀縁眼鏡に手をやりながら、担任のフェネガはきっぱりと告げた。
「がんばりは認める。君の想像力は他の生徒の比にならない」
 肉厚のソファーから立ち上がると、フェネガはシャルテに背を向け、話し始めた。
「しかし、これでは業が過ぎるのだよ。いいかいシャルテ。君も知っての通り、人の文化を築き上げるのに、欲望は必須だ。
 欲と、力。この二つがあれば、大抵の動物は文明を持つ」
 窓の外を見上げながら、フェネガは言う。
「しかし、君の創った世界は傑作過ぎた。マニュアルを一切参考にしていない君の星は、矛盾に満ちている。にもかかわらず、この生態系のバランスの良さは、評価の対象にもなるんだが…」
 面長の輪郭に、よく似合う眼鏡にまた手をやり、フェネガは続ようとする。
 黙っていたシャルテが、ふいに抗議の声をあげた。
「先生。今期の課題は『宇宙に進出する文明の構築』でした。私の星はその条件を満たしています」
 フェネガが振り向く――やや、強めの語調で。
「それ以前の問題だ、と言うんだ。世界大戦を二度も起こした時点で、どうしてリセットしなかった」
「何度も言うように、あれは必要悪です。私の目指す世界のためには、避けて通れない道だったんです」
 フェネガはため息をつく。
「君の思想は理解できない。悪いが、これ以上の研究は自分の趣味でやってくれ」
 ああ――これだから、貴族出のボンボンは。
「失礼します!」
 蝶つがいを外してやろう――そんな勢いで、シャルテは思い切りドアを閉めた。
 ばたん!
 ぎい!
 が!
 …本当に、外れた。


 自室に戻り、シャルテは鏡の前で寝巻きに着替える。
 相変わらず不愛想なつり目。
 綺麗というよりはトゲトゲしい、腰まである長髪。
 それに反して、首から下は…一言で言うと、幼児体型。
 はだけた衣服からのぞく自分の肢体を鏡にうつしながら、
「はあ」
 一日の終わりに、いつものようにため息をついた。


 シャルテは落ちこぼれだった。
 自分では異端児と思っているが、その才能を解してくれる者のいない世なら。やっぱり自分は、ただの落ちこぼれなのかもしれない。
 机の横にあるボードには、青い宝石のような恒星が映し出されている。
 この恒星がボードの上にのっているわけではない。これはただの衛星によるホログラフィだ。
 『宇宙に進出する文明の構築』が、今期のテーマだった。
 でも、自分はやっぱり完全な物を創りたい。
 そのためには暴力的な殺し合いの歴史も必要だということ。
 矛盾だらけの社会に、矛盾だらけの人間。その必然性に。
 なんで、誰も理解できないんだろう。
 皆がシャルテを理解しないように、シャルテもまた、一般人の考えなど微塵も判ったことがなかった。
 まあいい。
 奴らと外れているというのなら、結構。
 馴れ合うつもりもない。
 まるでカエルの解剖でもするかのように、一つの世界を創ってしまう愚民ども。
 創造することに責任も誇りも無く、ただ『リセット』することが謙虚な証でもあるかのように、振るまい。
 失敗作については、レポートも作らない。
「………」
 無理矢理に目を閉じると、それでもやがて、シャルテは浅い眠りに落ちていった。

次ページへ  1 / / /

TOPに戻る