神様の地球侵略



   2

 いつからだろう、社会に深く根付いた『宗教』が、この世から姿を消したのは。
 宇宙の始まり。
 宇宙の果て。
 人の起源。
 それらすべてが科学により証明されてもう、長きの歴史が堆積した。
 古の迷信となった進化論。
 ギリシア神話と並ぶ、ただの説話と化した聖書物語。
 想像力を働かせた分析も不要となり、ただ科学的に証明された事実ばかりが過去の空想を駆逐していた。
 専門学校の中には『天地創造』という分野が生まれ、惑星の一つを初めから終わりまで創る、そんな技術すら生まれた。
 機材さえ揃うなら、フェネガの言う通り、自宅で趣味的に創るところだが。
 そうもいかないシャルテは不承不承、変な名前の専門学校に入ったのだった。名前の中に『サル』という単語が入る、変な長い名前だったはずだが、校名すら思い出せない。
 つまり、同級生と親しくする理由もないわけで。
 全寮制ながらも、シャルテはどこにおいてもマイペースだった。
「シャルテ。今日も自室で昼食?」
 学食のトレイを持ったままのシャルテに、誰かが話しかける。声の主も同じように、両手にトレイを持っていた。
「…ええ」
「私も一緒して、いい?」
 少し間を置いて、
「…いいよ」
 とだけ言い、シャルテは自室に向かった。
 その背中に少女が付いていく。
 少女の名はテューユ。
 テューユ自身は学校であちこちに顔がきく人気者だが、シャルテにとっては友人と呼べる、唯一の存在だった。
 そっけない会話も、テューユ以外が相手だったら、会話にすらならなかっただろう。
 『シャルテ。今日も自室で昼食?』と言えば
 『余計なお世話』だろうし、
 『私も一緒して、いい?』などと言えば
 『消えろ』だっただろう。
「さすが、綺麗にしてるわね」
 シャルテの部屋に入り、テューユはまずそう言った。
「普通よ」
 シャルテも決まっていたように、そっけなく返す。
 やおら二人は席につき、向かい合ったテーブルで黙々と食事を始める。テューユはパスタ系のランチ、シャルテは和食。白身魚の塩焼きをつつきながら、みそ汁をすすったりしている。
「――それが、問題の惑星?」
 テューユが机の横に置かれたボードを指摘した。
 シャルテは黙ったまま頷く。
「ふふ、問題児」
 茶化すようにテューユが言う。
 相手がテューユ以外の誰かだったら、今シャルテの手にしているみそ汁が相手の顔面にぶっかけられていただろう。
「テューユ」
「ん、何?」
「…テューユの方は、どう」
「かなり順調よ。宇宙進出なら1000年かからなかったし、大きな問題もなし。悪路もなく、理想的な進行状況」
「戦争も?」
「もちろん。同じ星の住人として一致団結してるから、進化の妨げになるような…個人レベル以上の事件は、まず起こらないわ」
「…そう」
 それだけ聞いて、無感動な表情のままシャルテは食事を再開する。
「ねえ、シャルテ。シャルテはなんでそんなに、教本に沿った設計をしないの?私も初めは半信半疑だったけど、この教本はかなり、作る事前によく調べてあるわ。練った後の結果なんだから、これに合わせた世界を創った方が近道だと思う」
「争いの起こっらなかった歴史、それが最善だと?」
 先に食事を終え、シャルテはフォークを置き、少し真面目な顔になる。
「確かに、人には戦うための要素が備わっている。時には群れを成して、戦争をする生き物なのかもしれない。でも――、それは…」
 続きを、シャルテが言う。
「判ってる。殺人欲や性欲、そういった感情は普段、心に秘め、隠しておくもの。だから教本にも載らないし、表立ったこうした活動では社会から黙殺される。でも」
 それが人間の本質――言いかけたが、テューユがその言葉を遮った。
「…それには理由があるよ。そういった現状を踏まえた上で、私は教本通りの進め方が、一番効率よく惑星を創造する方法だと思う」
 食事を終えたシャルテが、箸を置く。
「ごちそうさま」
「気を悪くした?」
 テューユが問うが、シャルテは静かに首を横に振った。
「きっと、理解できないわ。それも一つの答えだから」
「シャルテには、シャルテの考えが?」
 トレイを持って、二人とも席を立つ。
 ぽつりと、テューユにも聞こえない小さな声で。
「…私は、まだ迷い続けてるのよ」
 シャルテは、呟いた。

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